麗しの大日如来三体 その2 忍辱山(にんにくせん)円成寺

今回続けて運慶作または慶派仏師作と考えられる大日如来坐像を三体ご紹介している。1で取り上げた半蔵門ミュージアムの像は会社から徒歩2分程度、2と3で取り上げる円成寺と浄瑠璃寺はどちらも奈良の自宅から車で15分ほどの場所だ。公開されてさえいれば思い付きで足を運べる距離というのがとても有難い。

池の周りの紅葉

今回ご紹介する忍辱山円成寺へは昨年夏から秋の数か月の間に4回ほど足を運んだ。自宅に東京から来客があるとお連れすることが多かった。円成寺さんを初めて訪れたのは昨年夏、引っ越して間もないころに奈良出身の友人から柳生の里の話を聞き、ある日行ってみようと一人車を走らせた。その柳生へ向かう旧街道沿いにひっそりと、だが目を引く風情のあるお寺の入り口を見つけたので車を停めて地図で確認したところ、それが円成寺だった。そして少し調べるとそこには運慶の最も若いころの作である大日如来坐像があると知り、柳生からの帰り道に寄ることにした。

夏に訪れた時の円成寺への入り口

街道を挟んで反対側の駐車場に車を停めるとお寺への入り口はすぐそこだ。珍しいことに円成寺は入り口から階段を下がっていくようになっている。階段の上に立つと目の前の木立の間から大きな池が見え、さらにその対岸の小高い場所に立派な楼門が見える。これだけでも「はあ。。。」とここに来れた幸運に感謝していた。静寂に包まれる池の周りや境内には多くの広葉樹が植えられており、紅葉の名所であると後で食事処の人が教えてくれた。池の周りの散策はあとにして、まず拝観に向かうために池の反対側の階段を昇る。

円成寺はどうやらご家族で営まれているらしく、時々「おじいちゃ~~ん!」と呼ぶ声が聞こえたりととてもアットホームな感じだ。複数の国宝を含む貴重な寺宝をたくさんもつお寺なのに何も気取らず自然体な円成寺さんがとても好きだ。受付で拝観料500円(!)を支払い、そのすぐわきの新しいお堂、相應殿に収められている大日如来像を拝しに行く。この大日如来さまは境内の多宝塔に収められていたが、近年こちらに移られたようだ。

相應殿 この奥右手に国宝大日如来像がある

なんと若々しく生命のエネルギーに満ちたお像だろうか。肌の美しい張、きりりと締まったお顔立ち、どの細部も美しく清らかで、こんな至近距離でガラスも無く拝める幸せ。。。像全体から発せられる清冽なエネルギーにすっかり心奪われてその場にかなり長く立っていたかと思う。冠や首飾りなどの一部の荘厳も残っており、完成当初の艶やかなお姿を想像することができるのも嬉しい。このような素晴らしい像を一人で静かに拝める幸せが奈良にはある。。。奈良に住んで本当に良かった。

秋に訪れた際の円成寺の門



この素晴らしい像を私の拙い言葉で説明するのは難しいので、山本勉先生の別冊太陽「運慶」からこの像についての情報を一部転載させていただくことにする。

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円成寺大日如来坐像は、現存する運慶の最初の作品である。—- 円成寺像のような等身大の像の場合、その製作期間は一般に三か月程度とされるが、円成寺像は十一か月と非常に長い。また、運慶はこの頃二十代であったと推定される。銘文の『大仏師康慶実弟子運慶』は『康慶の弟子であり実子である運慶』と解され、円成寺像は若き運慶が父の指導下に他の仏師の助力を得ず、独力で入念に制作したものと考えられている。運慶の記名は自署とされ、願主の立場からではなく、仏像を作った仏師が自らの名を記した最初の例としても重要である。—- 円成寺像の組んだ両足は抑揚豊かであり、的確な人体表現がなされる。また胸高に結んだ智拳印を中心に安定した姿にあらわされ、同時に智拳印を体から離して結ぶことで広い彫刻空間が生み出される。

別冊太陽「運慶  時空を越えるかたち」p.36-37

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山本先生が書かれている墨署銘も像と一緒に展示されているので見ることができる。運慶直筆の署名。。。日本の仏像界始まって以来のクリエイターのサイン入りの仏像である。

この「実弟子」という表現、どこかで称徳天皇がご自身のことを聖武天皇の「実弟子」である、と書かれているのを目にしたことがあったので「なるほど。。。」と。今では使わない表現なのかもしれないが、ここでも同じように使われているのだ、と気づくとまた面白い。

私は以前から優れた仏師というのは素晴らしい僧でもあったに違いない、と思っているが、それは強く高潔な信仰心無くしてこのような像を作ることはできないと思うからだ。ましてや20代。運慶とはどれほどの造形の天才かつ優れた仏教者だったのかをこの像を前に感じることができる。

左は現在多宝塔にある摸刻

もともとこのお像は境内にある多宝塔の本尊だったもので、この多宝塔は後白河法皇が寄進したものとされている。応仁の乱で焼失し、その後再建されるも老朽化にともない大正時代に鎌倉にある足利尊氏の菩提を弔う長寿寺に移されたそうだ。現在は長寿寺の観音堂となっているという。いつか長寿寺も訪ねてみたい。円成寺に現在ある多宝塔は平成2年の再建と新しいものだ。

この像の素晴らしさは実際に見ていただかないと、と思い、奈良に遊びに来てくれた友人はタイミングさえあれば(無理やり)お連れするようにしている。昨年は素晴らしい紅葉の時期にも訪れる機会があり、更にこのお寺の魅力に嵌った。境内にはこのほかにも国宝春日堂・白山堂(日本で最古の春日造の社殿)を始め多くの素晴らしいものがある。

日本最古の春日造社殿

車以外ではかなり不便な場所だが、奈良訪問の際には是非訪ねて欲しいお寺のひとつだ。

この記事を書いた人

Chrononaut M

慶應義塾大学文学部史学科卒、コロンビア大学ティーチャーズカレッジ英語教授法(TESOL) 修士。Q-Leap株式会社 取締役
2024年に東京から奈良に転居。

外資2社に計10年ほど勤務。その間Chicago、NY、Geneveに計4年駐在。結婚と子育てで一旦仕事を離れ、10年間の専業主婦時代を過ごす。3人の子育て中に再度社会に戻るために本格的に英語をやり直し、2011年にコロンビア大学ティーチャーズカレッジでTESOLを取得、

2014年にビジネス英語研修会社 Q-Leap を愛場吉子と共同設立。企業のエクゼクティブ担当として数多くのプライベートレッスンを現在も手がけている。Q-Leapは今年設立10年を迎えた。「明日の日本代表に真の英語力を!」がスローガン。

コロナ禍にほぼ全てのレッスンがリモートで可能になり、残りの人生は好きなところに住んで好きな仕事をすることに。2024年夏に奈良に転居し、自分の記録として、また多くの人に奈良の魅力を知ってもらいたくChrononaut Naraを立ち上げる。

現在は奈良と東京の2拠点で活動中。奈良8割、東京2割。
推しは、藤原不比等と聖武天皇と早良親王。。。書いているときりがない。