法華寺 天平のミューズ光明皇后の足跡をたどる

天平のミューズ、光明皇后に会うために自転車で家を出る。東大寺の転害門から一条南大路を西へひたすらまっすぐに進むと法華寺に当たる。その先はすぐ平城京だ。平城京と東大寺を東西につなぐこの一条南大路上には聖武天皇陵・光明皇后陵もあり、奈良時代という日本のはじまりを真面目に、そして必死にけん引したこのお二人を偲ぶのにふさわしい道だ。転害門を出て600メートルほど進んで小さな佐保橋を渡ると右手に見える聖武天皇佐保山南陵と光明皇后陵にお参りしてから先に進む。亡くなってからも隣同士の陵にいらっしゃる仲良しのご夫婦だ。
聖武天皇が総国分寺である東大寺を建立したことは良く知られているが、聖武天皇の后である光明皇后が総国分尼寺としてこの法華寺を建立したことを知っている人はあまりいないかもしれない。法華寺には光明皇后の姿を写したと伝えられる美しい十一面観音(国宝)本尊があり、今も多くの人を魅了している。

由緒

法華寺は平城京の碁盤の目の東側に飛び出したような区画に隣接する場所にあり、ここはかつて光明皇后の父で奈良時代(いや、日本の歴史を通しても)随一の辣腕政治家、藤原不比等の邸宅だった場所だ。710年に藤原京から平城京に遷都した際に平城京内の東宮(当時皇太子だった首皇子=後の聖武天皇、の住居)に隣接した場所にあった不比等邸は、不比等の妻である県犬養橘三千代が聖武天皇の乳母だったという事情もあり、東宮と内部で繋がっていたのではないかと見る意見もある。そうであればこのかつての不比等邸である法華寺境内ではさまざまな重要な決定がなされたドラマチックな場所だったと言えるのではないだろうか。聖武天皇亡き後、光明皇后が正倉院に納めるための御物を選んだのもこの場所だったかもしれない。法華寺の境内に立つたびに古の人々と激動の奈良時代に思いを馳せ、心の平安を仏教に求めた光明皇后を偲ぶ。最初は政治の道具として藤原氏の権力を確固たるものにするために首皇子(聖武)の夫人となった光明子だが、その後不比等の娘としての誇りと聖武天皇への愛情を育みながら仏教に深く帰依し、奈良時代の最盛期をその溢れるエネルギーで照らした皇后だったと思う。
光明皇后は父不比等の死後、この住み慣れた実家を皇后宮とし、さらにそこを法華寺とされた。伽藍の実際の完成は光明皇后没後の728年頃だそうだ。

境内

拝観受付を通ると正面に浴室(からふろ)があり、「我自ら千人の垢を去らん」という逸話を持つ光明皇后のシンボル的な建物がある。蒸し風呂形式で一般人に公開されたものだったというのが特徴的だ。
からふろの左側には白い玉砂利が敷かれた清廉な空間が広がっていて、そこにひときわ美しい鐘楼と本堂が立つ。本堂は豊臣秀吉の妻、淀殿の寄進によって桃山時代(1601年)に再興されたものだ。

本尊

本尊はその妖しい美しさで名高い国宝 十一面観音菩薩立像である。通常は厨子の扉は閉じられており、隣のお身代り像を拝観するのだが、春と秋の特別開帳と、光明皇后の法要が営まれる6月7日前後の数日は国宝の像を拝観することができる(拝観可能日時に関しては法華寺HPを参照)。

美しい十一面観音像は想像していたよりも小ぶり(1メートル程度)で細部まで繊細で美しく、長い間秘仏であったゆえの保存の良さもあり、前に立つと吸い込まれるような魅力がある。セクシーと言ってしまうと不敬なのかもしれないが、歩み出そうとする右足の親指のかすかな反りや肉厚の唇、後背に千手のように張り出す蓮の蕾と葉が私たちを浄土へ誘ってくれるようで見飽きない。

その他寺宝

法華寺にはその他にも国宝や重文の仏像も多く、見ごたえがある。指定はないが、聖徳太子童子像が複数あり、これも橘三千代―光明皇后と母娘で聖徳太子信仰を深めていたしるしかもしれない。橘三千代は法隆寺に伝わる国宝「阿弥陀如来脇侍像(伝橘夫人念持仏)」その他でも知られるように法隆寺のスポンサーでもあり、その娘光明皇后も母の死後それを引き継いでいたと考えられる。

維摩居士座像(国宝)奈良時代
阿弥陀三尊及び童子画像(国宝)平安時代
釈迦如来仏頭(重要文化財)時代未確定
二天頭部- 伝梵天・伝帝釈天-(重要文化財)奈良時代

授与品

法華寺では御朱印を始め様々な授与品を求めることができる。

「お守り犬」
光明皇后がお手ずから作られたという犬のお守りを受け継ぎ、法華寺の門主と尼僧が護摩堂の灰と土を練って時間をかけて作る「お守り犬」は素朴な可愛らしさ。「厄除け」「長寿」「安産」のお守り。

「光明茶筅」
法華寺で譲っていただける特別な茶筅。茶筅の首のところに五色の糸が結ばれていて、それが長めに流れる様子はとても優美です。五色の紐は大仏開眼の際にその筆の先に結ばれていたという五色の紐を模したものでしょうか。

法華寺の中には庭園が2つあり、四季の花を楽しむことができる。特に華楽園の法華寺蓮は純白の花びらの縁がほんのりとピンクに染まり可憐で美しい。(蓮の画像は法華寺HPより)

春:梅、桜、雪柳、燕子花
夏:蓮、桔梗

アクセス

〒630-8001 奈良市法華寺町 882
TEL: 0742-33-2261
拝観時間  朝9:00開門 夕方4:30閉門

この記事を書いた人

Chrononaut M

慶應義塾大学文学部史学科卒、コロンビア大学ティーチャーズカレッジ英語教授法(TESOL) 修士。Q-Leap株式会社 取締役
2024年に東京から奈良に転居。

外資2社に計10年ほど勤務。その間Chicago、NY、Geneveに計4年駐在。結婚と子育てで一旦仕事を離れ、10年間の専業主婦時代を過ごす。3人の子育て中に再度社会に戻るために本格的に英語をやり直し、2011年にコロンビア大学ティーチャーズカレッジでTESOLを取得、

2014年にビジネス英語研修会社 Q-Leap を愛場吉子と共同設立。企業のエクゼクティブ担当として数多くのプライベートレッスンを現在も手がけている。Q-Leapは今年設立10年を迎えた。「明日の日本代表に真の英語力を!」がスローガン。

コロナ禍にほぼ全てのレッスンがリモートで可能になり、残りの人生は好きなところに住んで好きな仕事をすることに。2024年夏に奈良に転居し、自分の記録として、また多くの人に奈良の魅力を知ってもらいたくChrononaut Naraを立ち上げる。

現在は奈良と東京の2拠点で活動中。奈良8割、東京2割。
推しは、藤原不比等と聖武天皇と早良親王。。。書いているときりがない。